本人と家族の意向のズレに、介護職はどう向き合うべきか?

介護

介護の現場にいると、避けては通れない「ある大きな壁」にぶつかることがあります。

それは、「本人は介護なんて必要ないと思っているけれど、家族は切実にサービスを使ってほしいと願っている」という、双方の意向のズレです。

今回は、私が経験したある1人暮らしの利用者様のエピソードを通じて、この問題の難しさと、ケアマネジャーや介護事業所としての向き合い方について考えてみたいと思います。

物忘れが進むDさんと、心配する息子さん

軽度のアルツハイマー型認知症を患いながら、1人暮らしをされているDさん。

最近、少しずつ物忘れが進み、シンクには食器が置きっぱなし、ゴミ捨ての日を忘れゴミが溜まってしまうといった変化が見られるようになりました。行きつけの喫茶店には日に2回も3回も行ってしまい、先日は外出時に帰り道がわからなくなってしまったことも……。

当然、離れて暮らす息子さんは大いに心配し、介護サービスの利用を検討し始めました。息子さんの希望は「訪問介護」と「デイサービス」の併用です。

しかし、Dさん本人の言い分は全く違いました。 「私は1人でちゃんと暮らせている。どちらのサービスも必要ない」

「プロならうまくやって」家族からの期待と、本人の拒否

本人の強い拒否があるものの、生活の手助けは必要です。まずは週2回、訪問介護で掃除のサービスから入ることになりました。

問題はデイサービスです。見学を勧めても、Dさんは頑なに拒否。 それを見た息子さんからは、「まだ見てもいないんだから、まずはどんなところか見てもらいたい。介護のプロなんだから、うまく連れ出してくださいよ」と言われてしまいます。

現場のプロとして、本人のプライドを傷つけないよう言葉を選び、なんとか見学にお連れすることはできました。しかし、見学を終えたDさんの言葉は、やはり「まだ自分はデイサービスに通うほど衰えていない」というものでした。

利用料の請求で表面化した、本人の「本音」

サービス開始から1ヶ月が経ち、訪問介護の利用料を請求しに伺ったとき、決定決定的な出来事が起こります。

Dさんは「私は支払わない。息子に請求してくれ」とおっしゃったのです。さらに、「自分が支払わないといけないくらいなら、サービスなんて最初からいらない!」と。

結局、息子さんに相談したところ「今後の利用料はすべて自分が支払います」と引き受けてくださり、金銭的な問題は解決しました。

しかし、このDさんの言葉には「頼んでもいないサービスに、自分のお金を1円も払いたくない」という、強烈な本音が隠されていました。

ケアマネや事業所を悩ませる「板挟み」の構造

このエピソードが物語っているのは、「本人は介護を必要としていないが、家族は必要としている」という過酷なすれ違いです。

家族の「心配だから使わせたい」という気持ちも痛いほどわかりますし、本人の「まだ自分は大丈夫、他人に踏み込まれたくない」という尊厳も守らなければなりません。

結果として、私たちケアマネジャーや介護事業所は、その両者の意向の板挟みになり、振り回されてしまうことが多々あります。

家族の言う通りに無理やり引っ張れば本人の不信感を買い、本人の言う通りにサービスを止めれば家族の生活や安全が崩壊してしまう――。

現場で私たちが大切にすべきこと

このようなケースで大切なのは、どちらか一方の意見に100%乗っかるのではなく、「時間をかけてグラデーションを作っていくこと」だと感じています。

  • 「介護」ではなく「お手伝い」として入る: 本人のプライドを守るため、あえて介護という言葉を使わず、関係性を作ることから始める。
  • 家族の不安にも寄り添う: 家族がどれだけ限界を迎えているかを傾聴し、事業所が味方であることを伝える。

Dさんのケースも、お金の支払いは息子さんが行うことでクリアしましたが、Dさんが「ここは自分の生活の場であり、自分が主役だ」と感じられるような声かけやアプローチを、今後も粘り強く続けていく必要があります。

正解のない問いだからこそ、本人と家族の間に入って、少しずつ「ちょうどいい落としどころ」を探っていく。それこそが、私たち介護職の本当の役割なのかもしれません。

みなさんの現場では、こうした意向のズレにどのように対応していますか?ぜひコメントで教えてください。